1867年のパリ万国博覧会は日本(江戸幕府・薩摩藩・佐賀藩)が初参加した万博であったが、このときに日本庭園が制作されて以来、欧米で開催された万博において日本庭園は日本の出展物の目玉の一つであった。ヨーロッパでは貴族や富豪が日本風庭園を作るようになり、北米大陸でも公園の一角に日本風庭園や茶亭が制作されるようになった。この時期、ヨーロッパで活動した日本人庭師に畑和助ら、北米で活動した日本人庭師に岸田伊三郎らがいる。
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お雇い外国人として来日していたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルは、1893年に『日本庭園入門』(Landscape gardening in Japan)をケリー・アンド・ウォルシュ社から出版した。日本庭園の沿革から構成方法いたるまでを小川一真の撮影による写真を多く用いて視覚的にもわかりやすくまとめたもので、コンドルは、日本の庭園造形は周囲の自然風景の特徴ある部分を選び出してレ・プレゼントしたものである、と説明している。この本はイギリスのほか上海やシンガポールでも販売され、児玉実英によると、当時この本を参考にアメリカなど海外で日本庭園が実際に造られたとされる。第二次世界大戦後はアメリカで復刻され、現在でも講談社インターナショナルで復刻版が刊行されている。
また、戦前の日本造園学会や日本庭園協会、日本造園士会の設立などにも井下清らとともに重要な役割を果たす龍居松之助は造園史の研究と教育の傍らで庭園に関する多くの著作を英訳し、海外への紹介につとめている。